おむすびを「にぎる」という行為が、なぜ特別に感じるのか

こんにちは!にゃおむすびです🐾

おむすびを「にぎる」という行為が、なぜ特別に感じるのか

ごはんを食べる方法はたくさんあります。お茶碗によそって食べる、丼にする、炒める。でも「にぎる」という行為だけは、どこか特別に感じませんか?おむすびは、ただのごはん料理ではなく、「にぎる」という動作そのものが、食べものの一部になっている珍しい存在です。

にぎるという行為は、力を入れすぎても、弱すぎてもいけません。ぎゅっと押せば固くなり、ふわふわすぎると崩れてしまう。そのちょうどいい加減を、手の感覚で探る必要があります。この感覚に頼る工程があるからこそ、おむすびには作り手の気配が残ります。

機械で作られたおむすびと、手でにぎられたおむすびを比べると、見た目以上に違いを感じる方も多いのではないでしょうか。それは、味だけでなく、「誰かが自分のために作った」という感覚が、自然と伝わるからかもしれません。

おむすびは、料理でありながら、どこか行為に近い食べものです。材料を切る、火を通すといった工程よりも、「にぎる」という一瞬に気持ちが集まる。その短い時間に、丁寧さや思いやりが込められます。

お店でおむすびを作っていると、同じ具材、同じごはんでも、にぎる人によって微妙に表情が変わります。大きさ、丸み、空気の含み方。その違いが、「今日はこのおむすびがいい」と感じる理由になることもあります。

食べる側にとっても、おむすびはどこか距離の近い食べものです。包みを開いた瞬間に手に触れ、そのまま口へ運ぶ。お皿や箸を介さず、直接つながるこの感じが、安心感を生むのかもしれません。

おむすびをにぎる、そして食べる。その一連の流れは、効率や合理性だけでは語れない魅力があります。だからこそ、忙しい時代でも、おむすびは変わらず選ばれ続けているのではないでしょうか。

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